フィジカルAI展2026レポート|会場で見えた技術革新の最前線
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- 更新日
- 公開日
- 2026.07.29
生成AI(人工知能)サービスをデスクワークや情報処理に活用し、業務効率化を図る動きはすでに一般的なものとなった。次なる波として今、注目されているのが、フィジカルAIの社会実装である。
ロボット工学に最新のAI技術を融合することで、ものづくりや流通の現場で人間が担っている複雑なタスクをロボットが支援、あるいは代替する。最終的には、ロボット自らが環境を認識し、状況に合わせて創意工夫をしながら現場の効率を最適化していく――。フィジカルAIが目指すのは、そうした自律的な世界だ。
しかし、画面内で完結するソフトウエア型のAIサービスに比べて、フィジカルAIの導入ハードルは高い。エッジ側のGPUサーバーやロボット本体などのハードウエア調達に加え、高度なシミュレーション(デジタルツイン)環境やアプリケーション開発環境の構築が必要となるため、手軽に導入して業務改善に生かすのは難しいのが現状である。
こうした中、エレクトロニクス関連商社のリョーサン菱洋は、2026年7月1〜3日に東京ビッグサイトで開催された「第38回 ものづくり ワールド [東京] 内 第1回 フィジカルAI展」に出展。同社ブースにフィジカルAIに必要な機材一式を持ち込み、その具体像を体感できるデモを披露した。自社では簡単にテストできない技術ということもあり、同ブースには3日間で延べ5000人を超える来場者が詰めかけ、連日盛況を見せていた。
1. フィジカルAIがもたらす「柔軟性」と「手軽さ」
フィジカルAIが、従来の産業用ロボットによる自動化(FA化)と決定的に違うのは、「運用時の柔軟性」と「教示・立ち上げプロセスにおけるアプローチの変革」にある。
従来のロボットは、人間が事前にアームの軌道や位置を一つひとつ教示(ティーチング)し、指定された動作を正確に繰り返し実行させる必要があった。そのため、対象物の位置が数センチずれたり、形状が変わったりするだけでエラーを起こしていた。一方、フィジカルAIはカメラなどのセンサー情報から状況をリアルタイムに認識し、タスク完了に向けて微修正を行っていく。そのため、未学習のオブジェクトや位置のズレに対しても、自身の判断で柔軟に動作を修正できる。現場で多大なリソースを消費していた例外処理のための調整作業を大幅に削減できる。
教示や運用のあり方も大きく変わる。従来、ロボットの導入には専門的なプログラミング技術が不可欠だったが、フィジカルAIでは「箱にライオンのぬいぐるみを入れて」といった自然言語(プロンプト)による指示や、人間の動作を模倣させる方法などにより、複雑なタスクを実行できる可能性を秘めている。これにより、高度なプログラミングへの依存度を大きく下げることができる。
ただし、これが「あらゆる現場で導入準備が即座に簡単になる」ことを意味するわけではない。フィジカルAIの立ち上げには、学習データの収集やモデルの微調整、シミュレーション評価、そして実現場での安全確認といった、従来のティーチングとは異なる新たなプロセスが必要となる。そのため、作業内容によっては、従来のシステム構築よりも準備工数が増えるケースもあるのが現状だ。しかし、一度モデルが構築されれば、その後の現場での微調整や多品種対応における柔軟性は極めて高くなる。
フィジカルAIを構築・運用するためには、ハードウエアとソフトウエアが高度に統合された環境が不可欠となる。まずハードウエアとしては、多関節ロボットアーム、ハンドなどのエンドエフェクター、環境認識用のカメラ、学習用のGPUサーバー、そしてロボットの頭脳として機能するエッジAIコンピューターが必要になる。一方、ソフトウエアとしては現実世界の物理法則を忠実に再現して仮想空間上で事前学習を行うデジタルツイン環境、およびロボットを動作させるAIモデルが必要になる。
このAIモデルは研究が急速に発展している分野であり、視覚(Vision)、言語(Language)、行動(Action)の3要素を統合して学習することから、「VLAモデル」と呼ばれている。
2. 最前線を体感する3つのデモ
今回の展示会でリョーサン菱洋は、同社が取り扱うNVIDIA(エヌビディア)のシステムや、独Franka Roboticsのロボットなどを組み合わせ、フィジカルAI技術の最前線を示す3つのデモを披露した。
1つ目は、VLAモデルの有用性を示す双腕ロボットのデモだ。双腕ロボットとしてFranka Roboticsの「Franka Research 3 Duo(FR3 Duo)」、AIモデルとして「NVIDIA Isaac™ GR00T 」を利用した。処理環境は学習がクラウド、エッジ側の推論コンピューターが「NVIDIA GeForce RTX™ 4090」搭載PCだった。このデモは、人手不足が深刻化する工場の生産ラインにおいて、人の作業を代替し得るソリューションとして関心が高まっている双腕ロボットの活用を見据えたものである。
オペレーターが「ライオンのぬいぐるみを右の箱に、恐竜のぬいぐるみを左の箱に入れて」と自然言語でテキストをキーボードに打ち込むと、ロボットは指示を理解。両腕を使って自律的に対象を認識・把持し、指定の箱へと運んだ。この複雑な一連の挙動は、遠隔操作(テレオペレーション)装置を用いてわずか200回程度の動作を模倣学習させただけで、正確に動くようになったという。ハードウエア特性やタスクの違いを個別に追加学習させるだけで、容易にアプリケーションを構築できるVLAモデルの強みがよくわかるデモだった。
安価なロボでもVLAは動く
2つ目は、小型のオープンソース・ロボットアームを用いたデモである。「双腕のような高価な産業用ロボットだけでなく、比較的安価で手軽なハードウエア構成であっても、GR00Tのような共通のAIモデルを組み合わせれば、十分にフィジカルAIの学習や検証が可能であることを示す狙い」(リョーサン菱洋 営業企画本部 セールスプロモーション部 セールスプロモーション第二課 江田昌隆氏)だと言う。具体的には、ロボットとして5万円程度で購入できるオープンソース・ロボットアーム「SO-101」、AIモデル・環境として「Isaac GR00T N1.7」、学習および推論の処理環境としてNVIDIAの手のひらサイズのAIサーバーである「 NVIDIA DGX Spark™」を用意した。
ロボットアーム「SO-101」、NVIDIA Isaac GR00T N1.7、NVIDIA DGX SparkでのVLA実演の様子
デモ自体は「ロボットアームが積み木をつかみ、黒い皿の上へ移動させて置く」というシンプルなもの。「積み木を掴んで黒い皿の上に置いて」と指示すると、アームが届く範囲であればどこに積み木があっても自律的につかみ、任意の場所に置かれた皿に収めてみせた。指示の柔軟性と、安価な構成でも動作する汎用性の高さが注目を集めていた。
Sim2Realを実演
最後が、デジタルツインでの学習を現実世界のロボットへ適応させる「Sim2Real(Simulation to Real)」に関するデモだ。ロボットとして、AIエッジコンピューター「 NVIDIA® Jetson AGX Orin™」に接続した単腕のロボットアーム「Franka Research 3(FR3)」を設置し、デジタルツイン環境としてNVIDIAのGPU搭載PCで動作させた「NVIDIA Isaac Sim™」を用意。Isaac Sim上で構築・開発されたロボットアプリケーションが、そのまま実機であるFR3に展開できることを実演した。デジタルツイン上のFR3をマウスで操作すると、現実の実機が追従して動作した。
実際の運用では、このデジタルツイン上でティーチングを行ったり、強化学習によって動きを最適化させたりした上で実機に展開する。高度なデジタルツイン環境で検証を行うことで、「実機を長期間占有することなく、安全かつ高速に開発を進められるメリットがある。さらに、複数台のロボットを必要とする大規模な現場についても、実機や物理環境をすべて揃えずにデジタルツインで検証できるため、コストを大幅に削減できる」(江田氏)とした。
3. 浮き彫りになった「3つの壁」
今回のリョーサン菱洋の展示は、これまで概念先行であったフィジカルAIが、基盤モデル(Isaac GR00T)やデジタルツインツール(Isaac Sim)の進化によって、実用段階へと近づいていることを強く印象付けた。自然言語による指示や、わずか150~200回程度の模倣学習で複雑なタスクをこなす姿は、従来のロボット開発の常識を塗り替える可能性を秘めている。
しかし同時に、道具さえ揃えれば現場ですぐに使えるというレベルには、まだ達していない現実も痛感させられた。主に以下の3つの課題(壁)が存在する。
第1が、ロボット向けAIモデル(VLAモデル)が発展途上ということだ。今回の2つのデモでは、事前に学習をさせたラボ環境と、展示会場のライティング(照明条件)が異なった結果、学習結果をそのまま生かせず、会場で再学習を余儀なくされる問題が発生したという。「一度学習させればどこでも動く」という理想の実現には、まだ少し時間がかかりそうだ。
第2がデジタルツインと現実のギャップである。いくら高度なデジタルツイン環境であっても、現実世界とは完全に一致しない。例えば、デジタルツイン環境では再現されにくい「動作時のアームの微細な振動」や「複雑な光の当たり方」などがあり、現場での微調整は依然として必須だ。
第3が開発環境の未成熟だ。Sim2Realのデモにおいて、FR3の制御は「ROS2(Robot Operating System 2)」のメッセージ通信機構を介して行われた。説明員によると「FR3が対応しているROS2のバージョンやメッセージセットを厳密に合わせないと、正常に動作しないといった問題がある。実運用に持っていくには、経験や知識に基づく高度なノウハウが必要」とのことだった。
以上のように、フィジカルAIの本格導入にはまだ多くの課題が残されている。しかし、かつて生成AIサービスが瞬く間にデスクワークを変革したように、フィジカルAIがものづくりや流通の現場に大きな波として押し寄せてくるのは確実だ。
「今、どこまでできていて、何が課題なのか」。産業界の未来を決定づける技術として、今後もその進化のロードマップを継続してウォッチしていく必要があるだろう。
取材・執筆 中道 理 (なかみち ただし)
経歴:1997年日経BP社に入社。日経バイト記者、日経コミュニケーション記者、日経エレクトロニクス記者/副編集長、リアル開発会議編集長を経て、2020年から日経エレクトロニクス編集長。2026年3月末に日経BPを退社し、合同会社NATAEを設立。現在、ライター/編集者/メディアコーディネーター/寿司職人として活動中。

